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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)2106号 判決 1995年11月30日

原告

医療法人○○会

右代表者理事長

甲野太郎

原告

乙山一郎

右両名訴訟代理人弁護士

中藤幸太郎

吉永透

安野仁孝

笹山利雄

被告

関西テレビ放送株式会社

右代表者代表取締役

酒井次得郎

被告

金子幸雄

右両名訴訟代理人弁護士

山内敏彦

河合宏

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告らは、原告医療法人○○会に対し、各自金二〇〇〇万円及びこれに対する平成六年三月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告乙山一郎に対し、各自金五〇〇万円及びこれに対する平成六年三月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告関西テレビ放送株式会社は、原告両名に対し、被告関西テレビ放送株式会社の放送網を通じ、午前一回及び午後一回、別紙記載の内容の謝罪放送を行え。

第二  事案の概要

本件は、原告らが、被告会社が制作し放送したテレビ番組について、その取材過程の違法と放送による名誉毀損を理由として、被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償と原状回復としての謝罪放送を求めた事件である。

第三  争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実

一  当事者等

1  原告医療法人○○会(以下「原告○○会」という。)は、精神科及び神経科を診療科目とする大阪府柏原市<番地略>△△病院(病床数五二四)並びに内科及び小児科を診療科目とする大阪市東住吉区<番地略>大阪××病院(病床数三三七)を各開設して運営する医療法人であり、原告乙山一郎(以下「原告乙山」という。)は右△△病院の病院長、丙村二郎医師(以下「丙村医師」という。)は同病院の前病院長である。

2  被告関西テレビ放送株式会社(以下「被告会社」という)は、テレビジョンその他の一般放送事業並びに放送番組、録音・録画物の制作、販売及び供給などを主たる目的とする株式会社であり、被告金子幸雄(以下「被告金子」という。)は被告会社の報道局長として被告会社の放送番組の制作及び放送業務等を担当する責任者の地位にある者である。

3  大阪精神医療人権センター(以下「人権センター」という。)は、一九八五年一一月、精神科医・ケースワーカー・病院勤務者など精神医療従事者をはじめ、患者やその家族・弁護士らが集まり、医療と法律の立場から精神医療の問題点を追及し、精神障害者の人権侵害に対する救済活動を展開することを目的として設立され、活動してきた私設の任意団体であり、山本深雪こと須原弘子(以下「須原」という。)はその事務局長である。

二  取材行為

平成五年五月八日、人権センターのメンバーである弁護士三名、精神科医二名、須原及び国会議員二名(以上総称して「訪問者ら」という。)が入院患者と面会するため△△病院を訪れた(以下「本件訪問」という。)。被告会社従業員である宮田輝美(以下「宮田記者」という。)及び同報道部員一名(以下「報道部員」という。)は右訪問者らに同行し、△△病院の内部を撮影するとともに、訪問者らが丙村医師及び原告乙山に対し、後記△△病院事件(その内容は四丁四行目以下のとおり。)についての説明と入院患者との面会を求めて交渉している様子などを撮影した(以下「本件ビデオ」という。)。

三  テレビ放送

被告会社は、被告金子を番組制作放送の総責任者として、平成五年五月一三日午後六時から、被告会社の「アタック六〇〇」と題するニュース番組の中で「密室の人権侵害、ある精神病院への訴え」と題する番組(以下「第一番組」という。)を(甲1、検甲1)、同年九月二三日午後二時五分から、「ドキュメンタリー―精神病棟―扉の向こうから」と題する番組(以下「第二番組」という。)を(甲2、検甲2)、それぞれ被告会社の放送網を通じてテレビ放送した(以下第一番組の放送と第二番組の放送を併せて「本件各放送」という。)。

なお、第二番組は、平成六年一月八日山陰中央放送で、同月一三日UHBテレビ放送で、いずれも「扉の向こうから『精神病棟の人々』」と題して放送された(甲6、7、検甲3)。

四  第一番組の内容(甲3、検甲1)

第一番組は順次次のように展開していく。

1  まず冒頭で、ナレーターが「精神分裂病にかかっていたAさんは、今年二月二日柏原警察署の紹介で△△病院に入院し、健康上の問題は何もなかった。しかし、二週間後の一五日、近くの医真会八尾病院へ搬送されて、搬送した救急隊によれば、Aさんはこの時すでに昏睡状態だったという。△△病院からの紹介状には一週間前から風邪をこじらせ呼吸困難、肺炎の可能性があると申し送りがされている。しかし、八尾病院に搬送されたAさんの容体は、肺炎というにはあまりに重いものであった。」と説明したあと、Aさんの容体と△△病院の申し送りの内容との違いについて疑問を呈する医真会八尾病院の森功院長(以下「森医師」という。)の発言をはさみ、再びナレーターが「医真会八尾病院の診断によれば、頭蓋骨と肋骨四本の骨折、全身皮下出血、MRSAなど、既に瀕死の状態であった。意識は二度と戻ることはなく、Aさんは六日後死亡した。八尾病院の通報で警察の捜査が行なわれたが、△△病院は病院内での骨折はありえないという。」と説明を加える。なお、右「Aさん」は、番組では明らかにされていないが、山下春男(以下「山下」という。)である。(以下、山下の死に関してナレーターが右のように説明した事実関係を「△△病院事件」と称する。)(以上を「場面1」とする。)

2  次に、本件訪問の際の、本件ビデオが放映され、訪問者らが、丙村医師に対し、△△病院事件についての説明を求める様子と、これに対する丙村医師のAさんの病院内での骨折はありえないとする旨の発言をする場面が放映され、その後「死因不詳のまま現在捜査は中断している。」というナレーション、司法解剖の結果が出ていないことについて疑問を呈する森医師の発言、Aさんに骨折はなかったとする司法解剖の結果をある筋から聞いたとする丙村医師の発言、△△病院が森医師を訴えるかもしれないとする質問に対する森医師の見解と続く。(以上を「場面2」とする。)

3  そして、「大阪市内の精神医療人権センターには△△病院の患者の声がたくさん寄せられている。」というナレーションで話が転回し、「あの黄色い粉薬、ほんまにフラフラになる、恐いでー。何が入っているか、調べなあかんわ。」という患者の声が紹介されたあと、ナレーターの「多くの患者が黄色い薬を飲まされ、血圧降下や手足の震えなどを訴えている。ほとんどの患者が番号で呼ばれるという。薬には患者の番号が書かれている。」という説明とともに、調剤風景、粉薬をテーブルの上に落下させる資料映像が相次いで放映され、続いて「最初は保護室で一〇日ぐらい入れられ、薬を飲まされ、食事は鉄の扉の下のところへ、右腕を押さえ、左側は患者が押さえ、そいつが殴りつづけた。保護室は、トイレと畳一枚で冬はまるで氷の部屋。」という患者からの手紙が紹介される。(以上を「場面3」とする。)

4  番組は、再び本件ビデオに戻り、本件訪問の際、訪問者らが原告乙山に対し入院患者との面会を求める様子と、これに対する同人の対応の様子が放映される。(以上を「場面4」とする。)

5  そして番組は、Aさんの兄(以下「遺族」という。)がAさんの死亡に関して△△病院の責任を追及する民事訴訟を提起したこと、その訴状の内容、遺族のことばを紹介して、「誰しも精神病になる可能性をもっている。患者がいつでも安心して受けられる精神医療が求められている。闇に葬られようとしていた△△病院事件の真相の追及が、今始まっている。」というナレーション、アナウンサーの「Aさんはかつて保険会社に勤める営業成績優秀なサラリーマンでした。閉ざされがちな精神病院の実態を、そして密室ともいえるそのような病院の中で、人権侵害があったのかどうか、今後裁判の中でぜひとも明らかにして欲しい問題です。」という発言で終了する。(以上を「場面5」とする。)

五  第二番組の内容(甲4、検甲2)

第二番組は順次次のように展開していく。

1  冒頭でナレーターが「ある精神病院の患者達からの悲痛な訴えが届き始めました。」と説明した後、「初めて電話をかけさせてもらうもんなんですけども、あのう、△△病院のA棟二階の吉田と申します。あのう、大変なことで、ちょっと相談したいことがありますので、電話待っております。」という患者からの電話が流される。(以上を「場面6」とする。)

2  次に、番組は△△病院事件に話を移し、「△△病院、この精神科病院である患者が謎の死をとげました。今年二月、△△病院から一人の患者が近くの総合病院に運びこまれました。」という説明に始まり、以後、八尾病院に患者が運び込まれたときの患者の容体に関して「呼吸状態が一分間に三五回から四〇回ぐらいの非常に低い呼吸でございまして、意識はありません。写真で見ていただきましたから一番分かっていただけると思うんですが、こういう状態ですね。ご覧の通り眼瞼下、眼下部ですね、目のまわりに青いくまが出来ております。それから左の胸全体に内出血が非常に広範に見られます。」とする森医師の見解、「六日後、患者は死亡しました。」というナレーション、患者の容体と△△病院の紹介状との違いについて疑問を呈し△△病院に抗議し警察に連絡したとする森医師の発言、「傷害致死事件として捜査は始まりました。しというナレーション、△△病院事件に関する警察官との会話、「患者による患者への暴行という背後には何もなかったのでしょうか。」というナレーション、須原の発言と続いていく。(以上を「場面7」とする。)

3  続いて、番組では、△△病院の面会制限、電話制限を話題とする須原と精神病棟の体験者との会話を放映した後、「保護室、精神病棟の奥の隔離部屋」として保護室の様子が放映される。(以上を「場面8」とする。)

4  番組は、この後、「閉じ込めるしかすべのない時代が長く続きました。患者を隔離して社会を守るという考え方が、日本の精神医療の主流でした。」として精神医療のあり方に話を移し、大阪市豊中市にある精神科の澤病院(以下「澤病院」という。)を「閉じ込めの歴史に終止符を打とうとする病院」として紹介し、澤病院院長澤医師(以下「澤医師」という。)と澤病院の患者との対話の様子、精神病について語る澤医師の発言などを放映した後、再び△△病院事件に話題を戻す。(以上を「場面9」とする。)

5  まず、ナレーターが同事件に関して、山下の遺族が△△病院に対し損害賠償を求めた訴訟、△△病院が森医師に対し同人の発言が病院の信用を損ねたとして損害賠償を求めた訴訟の二つの訴訟が係属したことを紹介し、これに関する森医師の「これだけの所見があります。折れております。これにプラス、外にそういうふうな広範にわたる内出血があるわけです。ここまで、我々作ったもんじゃないですよ。来られたときにあったわけです。その時の採血をしてみましたら、先程言いました高張性脱水と、腎不全と呼吸不全、酸素が少なくて炭酸ガスが上がっておると、呼吸不全という状態とね。で、昏睡状態が来られた時にあるわけです。それを説明していただきたい。なぜ起こったのか。わからんじゃ困るわけですよ。何よりも、僕の前に来られたときの病状を彼らは説明すべきなんですよ。出来なかったら、そらあ、放置しておったと言われたってしょうがないわけで……」という反論、△△病院の映像を背景に取材に対し△△病院が反論を拒否したことを伝えるナレーションと続き、「△△病院の患者たちが重い口を開き始めました」として、次のような須原と患者との対話の様子を放映する。

「須原 それはもう絶対、断ることはできへんの?

患者 うん、断ったらね、一服盛られるしねえ。

須原 断ったら一服盛られる?

患者 ……

須原 一服というのはどんな薬なんですか。

薬飲んで……

患者 ……、治して欲しいですね、病院。」

そして、「看護人に指名された何人かは患者達のボスの役を割当られ、口答えをする患者を集団で制裁したといいます。」というナレーションがつけ加えられる。(以上を「場面10」とする。)

6  番組は、この後しばらく、精神医療のあり方、患者を社会に復帰させる試みに話題が戻され、澤医師の発言、澤病院とその患者、退院した患者のその後などに関する映像が続く。(以上を「場面11」とする。)

7  番組は、さらに、△△病院に話題を戻し、「とにかく面会に来て欲しい。△△病院の患者達からの悲痛な訴えが続いていました。須原さんは弁護士さんと共に患者四人の面会に△△病院を訪れました。面会申し入れの返事を待つ間、死亡した患者の主治医に会うことができました。」というナレーションの後本件ビデオが放映され、丙村医師及び原告乙山が訪問者らから△△病院事件についての説明及び入院患者との面会を求められる様子と、これに対する右両名の対応の様子が放映される。そして「今なお、およそ四六〇人の患者が△△病院に入院しています。家族のいない患者、家族が諦めてしまった患者にとって、退院は医師の判断次第です。」というナレーションに続き、△△病院から転院した患者の話として、次のような対話の様子が放映される。

患者  ……、いやになりました。毎日、毎日、人を殴ったり、蹴ったりするのが。ええかげん、こっちの好きで殴るようにならないです。

聞き手 うーん。何で殴ったんですか、好きじゃないのに。

患者  私、やっぱり、やる。一番初め。

聞き手 あなたに与えられた役。

患者  役、割り当てられた役だから。

聞き手 うん。

患者  それを全うしようと思って。

聞き手 うん、それで頑張ったわけですか。

患者  頑張ったんです。

聞き手 あなたが△△病院の中で、あすこ、医療の場だというふうに思いました?

患者  いえ、捕虜収容所かなんかと思いました。あのう、もう、早う言うたら、海軍野戦病院か、それか捕虜収容所、アウシュビッツの収容所……。

聞き手 うーん。

そして、「出口のない閉ざされた病棟。そこで人は人らしく生きる誇りを忘れていきました。」というナレーションが付け加えられる。(以上を「場面12」とする。)

8  番組は、最後に、精神病棟から社会に帰ることのできた患者及び帰ろうとしている患者の日常などをとりあげる場面が続き、締めくくりのナレーションによって終了する。

第四  争点

一  取材行為の内容及び違法性

(原告らの主張)

被告金子は、宮田記者を含む部下数人に命じ、平成五年五月八日午後一時三〇分ころ、弁護士三名、国会議員二名、人権センター事務局職員一名などと意思連絡のうえ、一〇人ほどで一団となって、△△病院に押し掛けさせ、次のような行為を行わせた。

1 ビデオ撮影機を携行していた宮田記者外一名の者は、病院一階の事務室付近、保安上出入り禁止とされている薬局内さらには外来患者診療室内を病院側に無断で撮影した。

2 訪問者らは、△△病院事件に関し、山下の死亡は△△病院入院中の主治医であった丙村医師の杜撰な診療に原因があるとして同医師を集団の威力を示して問責し、また原告乙山に対し集団の威力を示して入院患者に迅速に面会させることを強く迫った。宮田記者はその状況を無断でビデオ撮影した。

右各行為により同病院の業務は著しく停滞し、原告乙山は著しい精神的苦痛を受けた。

(被告らの主張)

本件訪問は、人権センターの自主的な活動であり、宮田記者及び報道部員は取材のため右訪問に同行したにすぎない。

被告会社は報道機関であり、事実を取材し報道する義務がある。被告会社は、△△病院事件に関し、△△病院側の反論を含め同病院を取材する必要があった。しかるに、同病院は頑なに取材を拒否したので、やむを得ず本件訪問に同行することにしたものである。そして、取材行為の内容は立ち会いとビデオ撮影であり、ビデオ撮影をしたのは玄関及びこれに続く廊下といった病院内の開かれた部分に限られる上、特に病院側の制止を振り切って撮影したわけでもない。なお、訪問者らと病院側との交渉の様子の撮影は人権センターの須原の依頼により同人の代わりに行ったものである。

二  名誉毀損の成否

(原告らの主張)

本件各放送は次のような事実を摘示し、また批判論評して、△△病院ひいては原告らの社会的評価を害し名誉を毀損した。

1 △△病院事件

山下が△△病院入院中に第三者から暴行を受けて負傷し同病院の治療と保護の不十分さからその傷が悪化して死亡するに至ったのではないかという疑いをもつ森医師の一方的な誤った見解をそのまま放映し、また右見解に沿ったナレーションを加えて、山下が△△病院内で頭蓋骨骨折をはじめとする重大な外傷性の傷害を受けたにもかかわらず、同病院では右傷害についてこれを治療せず放置しておいたという誤った事実を摘示した(場面1、2、7、10)。

2 本件ビデオの放映

丙村医師及び原告乙山が、訪問者らによっていわれなく一方的につるし上げのように責められているところを撮影した本件ビデオを右両名の了解なく放映することによって、△△病院事件及び患者との面会制限について、右両名に責任があるかのような一方的な批判論評した(場面2、4、12)。

3 患者に対する薬の濫用

氏名不詳の△△病院の患者と称する者の話、薬の粉を落下させる映像、△△病院での調剤風景を放映し、ナレーションを加えて、△△病院があたかも患者を薬漬けにしたり、危険な薬を投与したりして患者に対し非人間的な扱いをしてその人権を侵害しているというおよそ考えられないような虚偽の事実を摘示した(場面3、10)。

4 患者に対する暴力による支配

場面10のナレーション及び場面12の△△病院から転院したとする患者の話によって、あたかも△△病院では患者の何人かを看護人に指名し、その者たちの暴力によって患者を支配する行為がなされているかのような虚偽の事実を摘示した。

5 精神病棟の閉鎖性

第二番組は、場面9、11で澤病院を精神病棟の閉鎖性を打破する取り組みをしている病院として紹介し、病院長、勤務医師、患者、その家族などの対談状況、同病院付属の「グループ・ホーム」の紹介、退院患者の動向など多岐にわたり極めて詳細に取り上げる反面、これと対比して△△病院をことさら閉鎖的な精神病院として位置付けている。特に、場面8で、幽閉感の強い保護室の映像を、△△病院の面会制限、電話制限についての会話に続いて、精神病棟の奥の隔離部屋と位置づけるナレーションとともに放映することによって、それがあたかも△△病院の保護室であるかのように放映しているのは、ことさらに△△病院の閉鎖性を印象づけようとするものである。いずれも、△△病院のみを一方的に批判しようとするもので極めて偏向した不当な論評である。

(被告らの主張)

1 △△病院事件について

本件各放送は、△△病院事件について一方で森医師の見解を、他方で△△病院の丙村医師の見解を取り上げており、△△病院事件について番組自体が視聴者に対し断定的な結論を述べるものではない。

2 本件ビデオの放映について

本件ビデオは、△△病院が取材を拒否し反論を得られなかったことから、特に人権センターから提供を受けて、同病院の反論を示す資料として放映したものにすぎない。

3 患者に対する薬の濫用

視聴者一般は、場面3及び10から、△△病院が入院患者を薬漬けにしたり、入院患者に危険な薬を投与したりしているものと受け取ることはなく、薬剤師が単に薬剤を調整しているものと受け取るにすぎない。

4 患者に対する暴力による支配

事実を断定的に提供したものではなく、現にそのような事実の存在を訴える患者の声があることを摘示したものにすぎない。

5 精神病棟の閉鎖性について

本件各放送は、視聴者に対し、精神病棟の閉鎖性という問題を一般論的な形式で提示し、問題点に関する感想や解決策はそれぞれの視聴者の判断に委ねるという手法をとったものであって、いわれるような偏向報道ではない。また、場面8は、閉鎖治療の象徴として保護室一般を取り上げたものにすぎず、放映された保護室を特に△△病院の保護室とするものではなく、視聴者がそのように受け取ることもない。

三  不法行為の成否

1  公共の利害に関するか。

(被告らの主張)

病院は一般に、傷病者が科学的で且つ適正な診療を受けることができる便宜を与えることを主たる目的として組織され、且つ、運営されるものでなければならないから、精神病院等に関する本件放送は、公共の利害に関する事実に関わるものである。

(原告らの主張)

本件各放送は、公共の利害に関わるものでもなければ、公益を図るために行なわれたものでもない。被告会社は、営業上の利害から専ら視聴者の好奇心を煽るため△△病院を問題病院であると位置付けて放映したにすぎない。

2  摘示した事実の真実性

(被告らの主張)

本件各放送が摘示した事実はいずれも真実である。

(原告らの主張)

本件各放送が摘示した事実はいずれも真実ではない。例えば、番組では、山下が八尾病院に運ばれたとき「頭蓋骨骨折その他症状があって既に瀕死の状態であった。」として、患者山下の死亡が△△病院内の暴力に起因するものであると視聴者に受け取られるような事実を摘示しているが、しかし、司法解剖の結果によれば、患者山下に頭蓋骨骨折はなく、番組の内容は事実に反する。

3  真実と信じたことについての相当な理由の有無

(被告らの主張)

仮に、本件放送が摘示した事実の主要な部分に真実であると証明できない部分があったとしても、本件各放送は、被告会社独自の取材と、森医師の証言、人権センターの資料提供などの協力などにもとづいて制作されたものであり、原告らが右事実を真実であると信じたことについてはいずれも相当な理由がある。

(原告らの主張)

本件各放送は、十分な調査もしないで軽率になされたものである。例えば、山下に頭蓋骨骨折がなかったことは被告会社が取材を始めた平成五年四月ころにはすでに関係者の知りうるところとなっていた。

4  公益を図る目的の有無及び論評の正当性

(被告らの主張)

本件各放送はいわゆる△△病院事件の真相を明らかにしようとしたものであるとともに、更に普遍的に精神医療の問題点ないし精神病患者に対する一部の偏見や差別を指摘したものであり、その目的は専ら公益を図るためのものであり、△△病院をことさらに攻撃することを目的とするものではない。

また、番組の中で本件ビデオの映像のほか、特に△△病院側の反論が取り上げられていないのは、同病院が被告会社の複数回の取材申し込みにも全く応じようとしなかったことの結果にすぎない。

(原告らの主張)

本件各放送はいずれも△△病院を一方的に攻撃しようとするもので偏向しており、公益を図る目的も、論評の正当性も認めることができない。

四  損害

(原告らの主張)

1 原告法人について

△△病院の開設主体である原告法人では、本件各放送により、その名誉及び信用を著しく傷つけられ、その損害は二〇〇〇万円を下らない。

2 原告乙山について

原告乙山は△△病院の現場業務の全体を預かる責任者であるが、本件ビデオ撮影及び本件各放送によって、その名誉を傷つけられ多大の精神的苦痛を受けた。その慰謝料は五〇〇万円が相当である。

(被告らの主張)

原告らの損害の発生は認められない。

第五  判断

一  取材行為の内容及び違法性

1  証拠(甲四、甲一四ないし一六(いずれも一部)、乙五、乙一五、証人丁川三郎、同丙村二郎(いずれも一部)、証人須原弘子、原告乙山一郎(一部)、検甲四の八ないし一三、検甲四の一五ないし二八、検甲五の六ないし一四)に前記当事者間に争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実を総合すると、次の事実が認められる。

(一) 宮田記者は、平成五年四月二四日、人権センター主催の「△△病院の事件をうやむやにしない集会」を取材し、人権センター事務局の須原と知り合った。

宮田記者は、同年四月三〇日ころ、須原から、同年五月八日、人権センターのメンバーである弁護士などが、△△病院に患者の面会に行く予定であることを聞いたので、同人に対し同行取材を申し入れたところ、今後の人権センターの面会活動に支障が出るおそれがあるという理由で記者としての同行は認めず、人権センターの一員という形での同行のみを認めた。

(二) 宮田記者は、同年五月二日及び六日の二回、△△病院に対し、取材を申し入れる電話をしたところ、いずれも「小松原」と名乗る者から、「責任者がいない」として一方的に電話を切られた。

(三) 同年五月八日、弁護士三名、人権センター所属の精神科医師二名、人権センター事務局の須原、国会議員二名が△△病院を訪問した。人権センターのメンバーは患者からの要請にもとついて患者と面会することを、弁護士は患者からの依頼で代理人になることを、国会議員は当時精神保健法改正の審議が行なわれていたことから精神病院の実状を視察することをそれぞれ目的としていた。

(四) 宮田記者は、同日、被告会社報道部の上司の承諾を得たうえ、報道部員とともに、本件訪問に同行した。宮田記者及び報道部員はJR高井田駅で本件訪問の参加者(訪問者ら)と合流し、報道部員は持参したテレビカメラで訪問者らが△△病院へ向かうところを撮影したが、右撮影は△△病院に入るまでで一旦取り止めた。

(五) 原告乙山及び丙村医師は、同日午後二時ころ、受付から訪問者らの来院の連絡を受けて、一階診察室に入室し、同所において、薬剤師丁川三郎、看護婦らの病院職員約一五名と共に、宮田記者、報道部員及び訪問者らと相対し、来院の目的を訪ねたところ、そのうちの一人である弁護士から、山下の死亡について伺いたい旨来意を告げられた。

次いで、宮田記者・報道部員以外の訪問者らは、丙村医師に対し、山下の死因、骨折について繰り返し問い質し、時には声高に「人一人死んでいるんですぞ。」とか、「骨折はあったのかなかったのかきちんと返答せよ。」などと返答を迫り、このような状態が数十分続いた。更に、訪問者らの一人である丸山哲男弁護士は、原告乙山に対し、入院患者五名との面会を求めたところ、うち一名は退院していることが判明し、また原告乙山は、家族同伴の一名との面会を認めた。しかし、原告乙山は、残りの三名については、本人の意思確認をするとして、その場を退出し、右三名が書いたという、面会に応じない旨のメモ三通を携えて、訪問者らのところに戻り、弁護士らに示して面会に応じられない旨述べたところ、弁護士らは、患者本人に直接会って、本人の真意に基づく面会拒否なのか否かを確認したいとの意向を示し、訪問者らの中には、詰問する者もあったが、結局訪問者らは、病院側の意向に従って病院から立ち去った。

右原告乙山とのやりとりは、約一時間続いた。

(六) 報道部員は、病院内では、ロビーないしこれに続く廊下及びそこから見える範囲で、ガラス越しに、調剤室、薬剤師などの様子を撮影し、更に、右のとおり訪問者らが診察室に入った直後、病院職員らにビデオカメラを向けて撮影しようとしたところ、看護婦の一人から「人権問題だから顔を写さないで下さい。」と、次いで丁川から「写すな。」と言われたので、直ちにレンズを右職員らの足元に向け、その後は、原告乙山、丙村医師と訪問者らのやりとりの様子を撮影するにとどめた。

(七) 須原は、△△病院内に入ってから、人権センターの面会活動を記録する目的で持参した家庭用ビデオカメラで、病院のロビーとこれに続く廊下で院内の監視カメラのモニターなどを撮影していたが、前記のとおり、診察室内での病院側との面会交渉に参加した後は、宮田記者に撮影を依頼し、宮田記者は、前記報道部員と同様に、病院職員が視野に入らないように留意しつつ、右交渉の様子を撮影した。

(八) 宮田記者及び報道部員は、前記六、七のとおり、看護婦と丁川から注意を受けた後は、病院側から特にビデオ撮影を禁止する旨告げられたことはなく、また病院側とやりとりをした形跡もない。

(九) 右訪問者らの病院滞在時間は、土曜日の午後の診察時間終了後であったため、前記交渉・カメラ撮影が特に病院の業務に支障を来すことはなかった。

以上の事実が認められる。

2  右1で認定したところに基づき、被告関西テレビの従業員である宮田記者及び報道部員の行為が不法行為に当たるか否かについて検討するに、なる程、人権センターの構成員である訪問者らは、△△病院で死亡した山下の死因、骨折の有無などにつき丙村医師に問い質し、引き続き原告乙山に入院患者への面会を求め、これを断られるとその理由を詰問して、これらが相当時間続き、その間時には声高になる場面もみられたけれども、宮田記者及び報道部員は、当日取材活動の目的で同行したにすぎず、これら人権センター構成員らの言動について、事前の打ち合わせがなかったのはもとより、現場においても傍観者の立場に終始し、ビテオ撮影については、病院側の明示の承諾を得ていないものの、診察室において撮影当初に病院職員から顔を写さないように求められると、直ちにこれに応じて以後は原告乙山及び丙村医師と人権センター構成員らとのやりとりを撮影したにとどまっていること、薬局内の撮影も外来者の往来する廊下、ロビーからガラス越しに行われたもので、これら一連の撮影について病院側の明らかな制止が窺えないこと、右病院内での滞在が、土曜日午後診療時間終了後になされ、病院業務に特段の支障もなかったことなどの事実のもとでは、宮田記者及び報道部員の行ったビデオ撮影の取材行為が、不法行為を構成する程の違法なものとまでは認められない。

よって、被告会社の宮田記者らによる右取材活動は不法行為とはならない。

3  また、被告金子が訪問者らと本件訪問について共謀したという事実についてはこれを認めるに足りる証拠はないので、被告金子に不法行為が成立する旨の原告らの主張は失当である。

二  名誉毀損の成否

1 本件各放送はいわゆるドキュメンタリー番組であって、ニュース番組のように単なる事実報道を目的とするものではなく、事実報道を一定の意図によって構成し、その摘示された事実とこれに基づく考証の結果を明示ないし暗示することによって社会に問題提起をしようとするものであるところ、ドキュメンタリー番組の放送によって名誉が毀損されたか否かについては、一般視聴者が通常テレビをみるときに払う注意・関心の程度を基準として、一般視聴者がその番組で個別的に摘示された事実及び番組全体から受け取る事実ないし批判論評について、それが原告らの社会的評価を低下させるものであるか否かによって判断すべきである。

2  これを争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実(以下併せて「争いのない事実」という。)から認定した前記本件各放送の内容についてみると、次のように解するのが相当である。

(一) △△病院事件について

本件各放送は、場面1、2、7、10で△△病院事件を取り上げているが、そこでは主として森医師の見解に基づき、山下が△△病院から八尾病院に搬送されてきたときの容体から、山下は△△病院入院中に第三者から暴行を受けて負傷したのに同病院では右傷害について十分な治療と保護がなされなかったのではないかとして△△病院に対する批判を展開している。

右批判は、山下が△△病院入院中に第三者から暴行を受けて負傷したのに同病院では右傷害について十分な治療と保護がなされなかったという事実を摘示し、これに基づいて展開されるものであるから、視聴者が右事実の存在を印象付けられることは明らかである。被告らは本件各放送は森医師の見解と丙村医師の見解を両方取り上げており断定的な結論を述べるものではないとするが、仮にそうであったとしても、主題としてとりあげた事実が右事実である以上、本件各放送が右事実を摘示したという結論が左右されるものではない。

そうすると、右事実は△△病院の病院としての社会的評価を明らかに低下させるものであるから、右批判の展開によって△△病院ひいては原告らの名誉は毀損されたものと解するほかはない。

(二) 本件ビデオの放映について

本件各放送は、場面2、4、10の中で本件ビデオを放映している。

本件ビデオは、訪問者らが丙村医師及び原告乙山に対して△△病院事件についての説明を求め、入院患者との面会を求めている様子、及びこれに反論する右両名の応答の様子をそのまま撮影したものであり、視聴者もまた本件ビデオの内容をそのようなものとして受け取るであろうことは容易に認められるところである。

しかしながら、右問答の様子がそのまま事実として摘示されたからといって、右摘示された事実自体からは、それで△△病院ひいては原告らの社会的評価が低下するものとは認められない。したがって、本件ビデオの放映によって原告らの名誉が毀損されたとはいえない。

(三) 患者に対する薬の濫用について

本件各放送は、場面3、10で、いずれも△△病院の精神病の元入院患者の声として「あの黄色い粉薬、ほんまにフラフラになる、恐いでー。何か入っているか、調べなあかんわ。」とか「断ったらね、一服盛られるしねえ。」という発言を放映し、また「多くの患者が黄色い薬を飲まされ、血圧降下や手足の震えなどを訴えている。ほとんどの患者が番号で呼ばれるという。薬には患者の番号が書かれている。」というナレーション、調剤風景、粉薬をテーブルの上に落下させる資料映像が相次いで放映される。右各映像は、これが総合的にみると、たしかに患者への薬の投与を象徴的に表現するものであるということができる。しかし、精神病院の入院患者が薬を投与されたと訴え、その薬のために血圧降下や手足の震えが起こったと訴えたからといって、また患者が番号で呼ばれ、薬に患者の番号が書かれているからといって、精神病院で入院患者に種々の薬理作用のある薬を投与すること、薬の効果が患者に現れること、薬を誤って投与しないように薬に番号を付すことは、いずれもそのこと自体は特別なこととはいえないのであるから、視聴者が右映像から直ちに、原告らが主張するように、△△病院があたかも薬を濫用して患者をいわゆる薬漬けにしたり、危険な薬を投与したりして患者に対し非人間的な扱いをしてその人権を侵害していると受け取るとまで解することはできないのであって、原告らの社会的評価を低下せしめるに足る事実摘示があるとはいえない。したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。

(四) 入院患者に対する暴力による支配について

第二番組では、場面10、12で、「看護人に指名された何人かは患者達のボスの役を割当られ、口答えをする患者を集団で制裁したといいます。」というナレーションと、これを裏付けるような△△病院の元入院患者と称する者の「いやになりました。毎日、毎日、人を殴ったり、蹴ったりするのが。ええかげん。こっちの好きで殴るようにならないです。」「割り当てられた役だから。」といった発言が放映される。

右映像はいずれも患者の声という形をとってはいる。しかし、これをみた視聴者は、前記△△病院事件に関する映像と併せて、右患者の声の存在にとどまらず、その声の内容をなす、△△病院では患者の何人かを看護人に指名しその者たちの暴力によって患者を支配しているという事実について、少なくとも相当な蓋然性をもってその存在を印象づけられるとみるのが相当である。

右事実は明らかに△△病院ひいては原告らの社会的評価を低下させる事実であるから、これを摘示する右映像が放映されたことによって、原告らの名誉は毀損されたというべきである。

(五) 精神病棟の閉鎖性について

第二番組は、場面9、11において、澤病院を精神病棟の閉鎖性を打破する試みに取り組んでいる病院として取り上げている。

右映像は、△△病院と対比して澤病院を取り上げていることから、視聴者がこれを全体としてみた場合に、一方で精神病棟の閉鎖性という問題を一般論的な形式で提示しようとする意図が見て取れるとともに、他方でそれにとどまらず△△病院の閉鎖性をより浮き彫りにしようとする意図までをも見て取ることができる。

これは明らかに△△病院の閉鎖性に対する批判論評であり、これによって△△病院の精神病院としての社会的評価が低下せしめられるから、右映像の放映により原告らの名誉は毀損されたというべきである。

なお、第二番組の、場面8には、保護室の映像がある。

右映像は、たしかに保護室を精神病棟の閉鎖性を象徴するものとして扱っているが、しかし、そこでは特に△△病院の保護室と明示したわけではなく、また保護室は精神病院にはその性質上何らかの形で存在するものであるから、右映像の放映によって特に△△病院の精神病院としての社会的評価が低下したということはできない。したがって、この点に関する原告の主張は理由がない。

三  次に、本件の右各名誉毀損が不法行為となるか否かについて検討する。

1 本件のような、テレビ放送を含む報道活動による名誉毀損の不法行為の成否を判断するに当たっては、報道活動による表現・論評の自由とそれにより侵害されることのあるべき個人の名誉の保護との合理的な調整を図る見地から、摘示された事実ないし論評の基礎とされた事実が公共の利害に関するもので、主要な部分において真実であるか、少なくとも真実であると信ずるにつき相当な理由がある場合には、右報道が専ら公益を図る目的でなされ、正当な論評の枠を逸脱し個人の人身攻撃にわたるものでない限り、右報道活動は、不法行為に当たらないものと解するのが相当である。

そこで、以下、本件各番組がそれぞれ右各要件を具備するかどうかについてみることとする。

2  公共の利害に関するか。

前記認定した事実によれば、本件各番組の内容はいずれも精神病院における精神医療現場の実態及びそのあり方を主題にしたものと認められるところ、およそ病院は医療を提供する施設として国民の健康の保持に重要な役割を果たしていることから、精神科を含め病院の実態及びそのあり方は社会一般の関心事であり、公共の利害に関する事実に係るものということができる。

したがって、本件各番組が摘示した事実はいずれも公共の利害に関するものであることが明らかである。

3  事実の真実性ないし真実であると信じたことの相当性

(一) △△病院事件について

(1) 証拠(甲八ないし一八、乙一一、一二)及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。

① 山下は宿泊先がなく放浪しているうち、柏原警察署員に発見保護され、平成五年二月二日、同署員の斡旋で同人の保護義務者となった実兄の同意を得て△△病院に医療保護入院することになった。

② △△病院における山下の主治医は丙村医師となったが、休暇中であったため、右入院時には原告乙山が診察した。原告乙山は、そのとき、山下に対し、衰弱気味であるとして、精神分裂病の治療のほかに、全身衰弱傾向に対して水分栄養補給のためのプラスアミノ五〇〇ミリリットル一本及び循環改善のためのトーモル一アンプルの点滴、循環・呼吸改善のためのビタカンファー一アンプルの注射、酸素療法(一日一〇〇〇リットル、経鼻投与)を行なった。

③ 山下は、同月三日夜間、他の患者とトラブルを起こし暴行を受けた。

④ 同月五日、丙村医師は、山下が暴行を受けたことの報告を受け山下を診察したが、丙村医師は、山下には顔面部と胸部に打撲傷の跡があり黒くなっていたほか傷害は発見されず、頭部と胸部の四枚のレントゲン写真の結果から骨折が発見されることもなかったとして、山下に対し、格別の治療をしなかった。

⑤ 山下は、同月九日、発熱した。そこで、丙村医師は気管支炎の治療処置をとった。

⑥ 同月一四日午前六時ころ、山下はベッド横下の床上に横たわっているのが発見された。

⑦ 同日午前一〇時ころ、非常勤の当直医戊田四郎が患者を診察し、山下は肺炎により呼吸不全を起こしているとの疑いがもたれた。丙村医師の要請で原告乙山が患者を診察したところ、山下は高熱を発し、呼吸困難で肺炎の症状を呈していたので、丙村医師の判断で山下を内科病院へ転院させることになり、山下の保護者である実兄の要請で山下を八尾病院へ転院させることになった。同日午後五時すぎ、山下は、柏原・羽曳野・藤井寺連合消防署の救急隊により八尾病院の救急外来に搬送された。

⑧ 八尾病院の森医師は、山下の状態が重篤であったので、直ちに酸素吸入などの救命処置をした。

⑨ このときの山下の様態について、森医師の所見は次のようなものであった。

(a) 意識はなく、眼瞼は開いたままで、深昏睡の状態。

(b) 呼吸不全。

(c) 両眼窩部皮下出血。右眼球結膜出血。左眼球充血。顔面、右耳介全部・頬部等皮下出血。左腋窩、側胸部、側腹部にかけて皮下出血。右側胸部皮下出血。左肋骨七番から一〇番の四本が骨折。頭蓋骨にも骨折を疑わせる明らかな外傷。レントゲンでは肺挫傷の所見。

(d) 血液電解質検査の結果は正常値一三七から一四五のところナトリウム一八二であり明らかに高ナトリウム血症を示している。(このような高ナトリウム血症は相当期間の水分の欠乏による脱水症状から生じたものと考えられる。)

⑩ 森医師は、山下の容体について△△病院からは「一週間ほど前から風邪をこじらせて肺炎になった」としか聞いていないのに山下は全身に前記のような外傷が見られたとして、丙村医師にその理由を問い合わせるとともに、警察に連絡した。

⑪ 山下の状態は同月一九日夕刻から悪化の一途をたどり、同月二一日午後九時一八分、死亡するに至った。これにより、柏原警察署は傷害致死被疑事件として捜査を開始した。

⑫ 同月二五日、大阪市立大学助教授吹田和徳(以下「吹田助教授」という。)は、警察の依頼を受けて、鑑定処分許可状に基づき、同大学医学部法医学教室において山下を司法解剖し、その結果に基づいて、同年九月三〇日、鑑定書を作成した。右鑑定書によれば、山下の受傷状況及び死因について解剖時の吹田助教授の所見は、概要次のようなものであった(甲八)。

(a) 山下には頭部、顔面、耳部、頸部、項部、胸部、腹部、背部、腰部、上肢の打撲傷・擦過傷・粘膜剥離、肋骨骨折、肋骨骨折端による肺損傷等主なものだけでも一五の損傷があるが、右損傷はいずれも硬い鈍体の打撲的、擦過的、挫圧的作用によるもので、そのほとんどが他から暴行を加えられてできたものであり、受傷時期は一〇日ないし一〇日以上前である。このうち頭部の傷は硬い鈍体のものにより、相当に強く、広範に、複数回打撲されたことによりできたものであって、山下がベッドから落ちたことによりできたものとは認め難い。また、右肺は肋骨骨折端により肺損傷を発起し、気胸を惹起しているが、これも殴る、蹴る、踏みつける等により成傷発起したものである。

(b) 山下の直接の死因は大葉性肺炎であるが、山下には、右のような頭部の傷害、即ち頭部打撲傷、擦過傷、脳水腫、頭頂部・視床部・脳室各近辺の漏出性出血、小脳挫傷など頭部打撲、振盪があるほか、心臓、肝臓、脾臓、小腸などの病変があり、これらは直ちに山下の死因足りうるものではないが、直接死因に強く影響を及ぼした。

以上の事実が認められる。

(2) 右認定した事実によれば、山下は八尾病院に搬送されてきたときには、頭部に重大な外傷性の傷害があったほか、全身に外傷性の傷害がみられたこと、右傷害は△△病院入院中に第三者から暴行を受けたことによるものである可能性が高いこと、△△病院では山下について頭部外傷ほか右受傷に対して重大な傷害の存在を認めなかったとして特に治療行為をしていないこと、山下は八尾病院に転送された七日後に死亡したこと、山下の直接の死因は肺炎であるが、右暴行による頭部その他の外傷性の傷害が山下の死因に強く影響を及ぼしたことをいずれも認めることができる。

したがって、山下が△△病院入院中に第三者から暴行を受けて負傷したのに同病院では右傷害について十分な治療と保護がなされなかったという事実については、少なくともその主要な部分について真実であったというべきである。

(3) これに対し、原告らは、山下には頭蓋骨骨折という重大な傷害はなく、それを被告らは知っていたにもかかわらず、山下には頭蓋骨骨折があったかのような報道をしているとして事実の主要な部分が真実であったとは認められないと主張する。

しかしながら、前記認定のとおり山下の頭部には打撲傷、擦過傷、脳水腫、頭頂部・視床部・脳室各近辺の漏出性出血、小脳挫傷など頭部打撲、振盪という頭蓋骨骨折にも比すべき重大な傷害があったことは事実であると認められるから、山下の頭部に重大な外傷性の傷害があったという点には誤りはなく、番組で右認定した事実を伝えることと頭蓋骨骨折という事実を伝えることとの間で頭部に重大な外傷を受けているという視聴者の受ける印象が大きく変わるわけではない。したがって、原告らの主張は採用できない。

(4) また、原告らは、本件各番組の放送が、△△病院事件の警察の捜査について、警察の捜査が始まりましたというのみで、その後捜査は患者に対する加害者を特定できないままになっていることに言及しないのは、事実を歪曲して伝えたものであると主張するが、山下に対して暴行を加えた直接の加害者は誰であったかは右名誉毀損の要証事実の内容をなすものではないから、原告らの主張は採用できない。

(二) 入院患者に対する暴力による支配について

(1) 右事実については、本件においてこれを真実と認めるに足りる証拠はない。

(2) そこで、右事実についてこれを真実と信じたことに相当な理由があるか否かを検討する。

前記認定した事実と、証拠(乙五、一五、証人堤田及び同須原の各証言)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

① △△病院では、同病院がまた□□病院と称していた昭和四四年に患者に対するリンチ殺人事件が発生し同病院の看護助手三名が起訴され有罪判決を受けたことがあり、また△△病院となった後の昭和五四年にも同様の看護助手による患者に対するリンチ殺人事件が発生している。

② 今回の△△病院事件の発生。

③ 本件各番組は、人権センターの前面的な協力を得て、人権センターから情報提供を受けて制作されたものであるが、人権センターは、私的な任意団体ではあるが、昭和六〇年一一月、精神科医・ケースワーカー・病院勤務者など精神医療従事者をはじめ、患者やその家族・弁護士らが集まり、医療と法律の立場から精神医療の問題点を追及し、精神障害者の人権侵害に対する救済活動を展開することを目的として設立され、活動してきた団体である。

④ 人権センターから提供された情報によれば、当時、人権センターには面会要請をはじめ救済を求める患者の声が多数寄せられており、そのうち△△病院の患者の数は他の病院に比して多く、かつ救済申立内容が具体的であり、また、そこには患者に対する暴力の存在など特徴的な共通点が見られた。

⑤ 被告会社の記者は、△△病院の反論を取材するために何度も△△病院側に取材を申し入れたが、同病院はこれを頑なに拒み続けたことから、結局、本件各放送の前に△△病院の反論に接することができなかった。

以上の事実が認められる。

右認定の事実によれば、被告金子及び本件各放送の制作担当者が△△病院では入院患者を暴力で支配しているという事実があると信じたことには相当な理由があるというべきである。

(三) △△病院の閉鎖性

証拠(乙六及び調査嘱託の結果)によれば、次の事実が認められる。

(1) 大阪府(環境保健部健康増進課)は、平成五年四月九日、△△病院に対して立入検査を行った。そのときの指導項目には、保護室の使用は指定医の指導によること、また保護開始日時、理由、指定医の自署をカルテに記載すること、電話使用の一律制限(使用時間の制限、使用頻度の制限)を早急に解除し、原則として自由に使用できるようにすること、一律の面会制限を止め、面会可能な時間帯を延長し、日曜祝日にも面会できるようにすること、病状に応じた単独外出、単独外泊など、任意入院患者の開放的処遇を促進することという記載が含まれていた。

(2) 平成五年七月二日大阪府(環境保健部健康増進課)は、再度△△病院に対し立入検査を実施した。前記指導項目に関する立入検査の結果は次のとおりであった。

① 患者の隔離及び身体拘束について、カルテに指定医の署名のない隔離指示が二例、勤務していないはずの医師の署名による保護室使用が三例、カルテに記載のない保護室使用が七例存在した。

② 面接調査の結果、電話使用の制限があるとした入院患者が一八名あった。

③ 面接調査の結果、面会の制限があるとした者が一五名あった。

④ 面接したほとんどすべての入院患者が、外出はまったくできないとしている。

(3) そこで、大阪府は、△△病院に対して次のような指導項目案を作成した。

① 患者の隔離および身体拘束に際しては、精神保健法三六条三項の規定に基づき厚生大臣が定める行動の制限(厚生省告示第一二九号)を遵守すること。

② 入院患者の処遇に関して精神保健法第三七条一項の規定に基づき厚生大臣が定める処遇の基準(厚生省告示第一三〇条)を遵守し、電話、信書、面会に関する不適切な制限を速やかに解除すること。

③ 任意入院患者に関しては、できる限り開放的な処遇につとめること。

(4) 平成五年九月二九日、大阪府は、△△病院に対して、右平成五年七月二日の立入検査の結果に基づき、改善計画の提出について文書指導を行なった。右指導項目には、入院患者の処遇に関する次のような事項が含まれていた。

① 管理者は、精神保健指定医及び職員に対し、精神保健法第三七条一項の規定に基づき厚生大臣が定める処遇の基準(厚生省告示第一三〇条)及び同法三六条二項の規定に基づき厚生大臣が定める行動の制限、の周知徹底を図り、これを徹底的に遵守させること。

② 信書の発受の制限は一切行なわないこと。

③ 面会時間については、処遇基準等の主旨を十分ふまえ、適切な時間に設定すること。

④ 治療上の必要から、やむを得ず、電話、面会を制限する場合には、その理由を遅滞なく、詳細にわたり確実に診療録に記載すること。

⑤ 医師が外出を適当と認める者については、すべて外出を認めること。

以上の事実が認められる。

右認定の事実によれば、△△病院は、本件各番組が放送された平成五年五月及び九月当時、入院患者の開放的処遇には消極的で、面会・電話など患者と外部との連絡を制限し、また患者の外出をほとんど認めないなど、患者を外部から隔離することを治療の中心としていたことが認められる。したがって、△△病院が、精神保健法及び同法に基づく右告示に照らしても閉鎖的な病院であるという事実の真実性は証明されたというべきである。

4  公益を図る目的の有無

前記争いのない事実と、証拠(乙五、証人堤田の証言)及び弁論の全趣旨を総合すると、本件各放送は、精神病棟の現実、精神医療の在り方を視聴者に訴えることを目的として制作され、放送されたものであることが認められる。したがって、本件各放送はもっぱら公益を図る目的でなされたものというべきである。

この点、原告らは、本件各番組の意図は△△病院に対する非難中傷にあり、もっぱら同病院に対する個人攻撃に終始するものであると主張するが、本件各番組は△△病院に対する非難中傷に終始しているのではなく、精神病棟の現実、精神医療の在り方を視聴者に訴える契機及び題材として同病院を取り上げているにすぎないことが容易に認められるから、原告らの主張は採用できない。

なお、前記△△病院の閉鎖性に対する批判論評は、精神医療のあるべき姿は何かという観点から△△病院に対する批判論評を展開しているものであり、澤病院と対比したからといって、△△病院のみを一方的に攻撃するものとは認められないので、正当な論評の枠を逸脱するものではない。

四  以上によれば、本件各放送は不法行為とはならない。

第六  結論

よって、原告らの本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官鎌田義勝 裁判官原田豊 裁判官鈴木陽一郎)

別紙関西テレビ放送株式会社と当社報道局長金子幸雄は、当社の放送網を通じて「扉の向こうから、精神病棟の人々」と題し、貴医療法人○○会と貴法人開設の△△病院の院長乙山一郎氏の名誉並びに信用を著しく毀損する事実と異なる内容の放送を行ったほか、山陰地区、北海道地区においても同様の放映をするなど、多大の迷惑をおかけしました。

ここに貴法人と乙山一郎氏に対し、お詫びして訂正します。

医療法人○○会殿

△△病院長 乙山一郎殿

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